子どものやる気を引き出すたった1つの重要なこと

 

 

子どもに劣等感を与えるなとは言うけれど・・・

最近、よく「子どもに劣等感を与えず、自信をつけさせましょう」というタイトルの本やメディアを見かけますよね?

でも、「劣等感を与えるな」というけど、

これ、大切なことをはき違えているような気がします。

 

劣等感とは「僕はダメな子だ〜」とかそういう風に思ってしまうことなんですが、

諸説、言われているのは「自分はダメな人間」と思わせてはいけない、

といった内容です。

本当に子どもに「自分はダメな人間だ」と思わせてはダメなんでしょうか?

 

 

私が思うのは「僕は〇〇〇〇が出来ないダメな人間だけど、それで良いんだ!」という

根底にある自信が大切では?と思うのです。

 

 

唐突ですが、

わたしは「学校のお勉強ができる」=「将来、子どもが幸せになれる」とは、

これっぽっちも思わないですけど、勉強ができなくても

「根底にある自信」さえあれば子どもが幸せを掴むと思うのです。

「根底にある自信」はやる気の源ですから。

 

では、わたしの言う「根底にある自信」とは何なのか?

ちょっと説明させてください。

 

ここから先は偏見的な記事ではありますが、的を得ているとは思います。

子どものやる気の源は「根底にある自信」

「根底にある自信」と書きましたが、私は「自信」には2種類あると考えています。

自信には2種類ある

  • 実力から伴う自信

いわゆる「実力主義者」の方が持つ自信。

実力主義者は「実力がなければ成功出来ない」と考え、実力が備わるまで行動しようとはしません。ゆえに「成功する自信が無いから実力を付けるための努力」はしますがいまいち行動力に欠けます。

 

・・・・勉強や努力はするけど一体、いつ行動を始めるんですか?・・・

 

結局、「成功する自信がないから実力をつけよう」とするんですね。

たとえば、実力主義だとこんな考え方になっていく傾向があります。

 

例:

「私は本当は通訳案内士よりブティックをやりたかったんだけど、私は英語しか出来ないし経営力もない・・・。まとまったお金も出来そうにない。・・・もうこのままやって行くしかないのかな・・・」

とこんな風にイマイチ行動力に欠けてしまうのです。

でも、決してこれが悪いというわけではありません。

ただ、自分が本当に納得できる人生を送れるかどうか?というだけです。

「経営する実力がない、お金がない、英語しか出来ない」と思い込んでしまい、

本当に自分がやりたいことを掴めずにいるのです。

 

 

 

  • 根底にある自信

わたしは根底にある自信を持っている人を見ると本当に目がキラキラしてるな〜と思うのです。

根底に「いつか目標を達成してみせる」という自信から、行動力も備えていて

 

故に、「今は実力がないけど、努力し、学び、行動し続ければ成功する自信」を持っています。

 

このタイプは「今の自分にとって必要なものをリアルタイムに学び行動を起こす」人が多い。

根底に自信がある人だと次のような考えを持つ傾向があります。

 

例:

「私は今は通訳案内士をやっているけど、本当はブティックをやりたいの。

お金もないけど、ブティックをやるために小さな店舗も見つかったし、今の私に出来ることを少しずつこなしていけば、経営力もつくと思うの。」

 

と、まとまったお金が無くても”今の自分に出来ることを見つけ、目の前の問題を1個ずつ確実にこなし、常に前向きに行動しよう”とするのです。

 

私の子には何一つ才能がない。でもそれでも良いのです

子どもに何か才能があれば、それはそれで嬉しいもの。

でも、才能がないのもまた一つの魅力です。

だって、才能がなければ、その子は一つの道に進むことなく、

いろんなことが出来ますからね。

 

才能がないからといって、何かを学ばせ、

実力を付けさせようとさせる必要もないと考えています。

 

私が子どもの幸せのために、イキイキと生きるために大切だな、

と思うのは先ほども言った、

「リアルタイムに学び、即 行動出来る、行動し続ける力」だと思います。

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そのためには「根底にある自信」がとても大事です。

 

どうしてって?

「才能のない私の子」がいろんなことに挑み、可能性を見出し、

自分の幸せをつかむ最善の方法だと考えているからです。

 

本音をいうと才能のある子なんて一握りでしょう?

その才能のある子たちのなかに、私の才能のない子を投入したらどうなるでしょう?w

才能のない私の子は劣等感の塊になってしまうかもしれません。

 

 

 

おそらく「人より秀でた何かの実力」ないと自信がなくなってしまうと思います。

それは、自分の幸せを掴むための行動力の無さ、に直結します。

 

実力も才能も何もないその子のありのままを認めてあげれば良いと思いますよ。

 

どうして子どもに劣等感を与えてしまうのか?

 

どうして子どもに劣等感を与えてしまうのか?

ずばり、

それは、「親が劣等感を持っているから」なのです。

 

子どもへの教育の本はたくさんありますが、

それって「子どもにはこう言いなさい」とか「子どもにはこうしてあげた方が良いよ」とか

子ども自身をどうにかしようとする本が結構ありますよね?

そして、親自身も「ああしなければいけない、こうしなければいけない」と思いがちです。

 

でも、そんなんじゃあないんです。

 

子ども自身を変えようとするのでもなく、

親自信も変わる必要がないってこと。

 

私は私のまま、あなたはあなたの、

ありのままの姿を見せれば良い、ということです。(なんかの歌?)

  • わたしは賢い人間ではありません ➡ それで良いではないですか?賢く見せようとすると自体、自信が無く劣等感を持っているということです。
  • 私には才能がありません。 ➡ 才能があればそれも良し。無くてもそれで良いのです。
  • 私には何もありません ➡ なにも無いってすばらしいことですよ。これから何でも出来るじゃないですか?どうして何者か、になる必要があるんです?

 

子どもに対してどうして賢くなんでも出来る完璧な親であることを装う必要があるんですか?

 

親が劣等感を持っていると少なからず次のようなことを言ってしまいがちです。

  • 「パパが小さいときはもっとがんばってたぞ」
  • 「どうしてこれが分からないの?」
  • 「こうすればもっと上手に出来るよ」
  • 「うわーすごいね!良く出来たね」とこどもをやる気にさせるために褒めちぎる

 

あなたはどうして子どもを立派に育てようとしているんですか?

あなたは子どもを何者かに育て上げなければいけないと思い込んでいるのです。

 

それは、あなた自身の根底に絶対的な自信がないから、偉く見せようとしてしまうのです。

自信がある人は

自分を偉く見せる必要はないですよね?

お金があるように見せる必要もありませんよね?

人脈があるように見せる必要もありませんね?

実力があるように見せる必要もありませんよね?

 

自分がどんな人間だろうと堂々と生きてれば良いのです。

 

あなたはダメな母親ですか?

そんなことありません。

現にこうやって子どものためを想い、ネットで調べてどうにかしようとしてるんですよね?

それだけでも十分、立派な母親だと思います。

あなた自身がありのままの自分を認めてあげなきゃダメだと思うんです。

完璧な母親を演じる必要なんてありません。

 

ちなみに私はダメダメ中のダメママですが、

 

ダメママで結構です!!

 

子どもを無条件に信じてあげることが出来ますし、

ダメママだと子どもは「しょう〜がないママだな〜。僕がやってあげるよ」なんて言ってくることも。

(そしてダメママがなぜか上から目線でこの記事を書いているというダメっぷり)

 

もし、ダメママの私が完璧を演じようとすると

多分、子どもに劣等感を与えてしまいますよね?

 

ダメママで十分ではありませんか?

 

私は”子どもの前で完璧なママを装う必要はない”と思います。

だけど、”子どものために完璧でありたいと願い、努力し続けるママの姿”を見せるべきだと思うのです。

 

偉そうなことを書いてしまいましたが、

ダメママの私が唯一、自信をもって「最も大切だと言える子育ての方法」でした。

 

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